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高円寺散文散歩

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朝のイメージ~ありし日々、高円寺の書店から



 夜も明けきらぬ午前4時過ぎ、私はトラックのやってくる走行音に聞き耳を立てる。わずかにバックする警告音の後、エンジンが停止。やがて荷台の荷物を整理するドスン、ドスンという音が聞こえ始める。勝手口の鍵が外され、運転手はトラックの中の荷物を薄暗い店の中へと運び始める。
 昭和40年代、高円寺の小さな書店店主の息子として生まれついた私の朝は、いつもそんな風に始まった。
 言うまでもなく、荷物の中身はその日、取次業者から配本される新刊の書籍だ。店は一階にあり、私の部屋は同じ建物の四階部分にあたる。トラックの到着する時間は一定ではなく、3時台のこともあれば6時を廻ることもあった。私自身、その時分は早朝に放映されていたTV番組を観るために起き出していることもあったが、もちろん眠っている場合がほとんどだった。しかしどんな時でも、トラックがやってきて荷物を店の中へと運び込むその音だけは、いつでも、確実に私の耳に届いていた。荷物をしばったビニール紐を軍手に食い込ませ、彼らがそれを店の中へ運び込んでいるイメージを、私は頭の中でいつでも思い描いていた。それが幼少の頃の、私にとっての朝のイメージだ。
 「いつもそんな風に始まった」と先に書いたが、より正確に言えば配本は平日だけに限られていた。だから、店内に雑然と積み込まれたその荷物がその後どのような手順で処理されるかは、夏休み、あるいは学校を休んだ日でなければ眼にすることができない。それでもその光景はやはり印象的だったのだろう。今でも克明に記憶に刻まれている。
 8時30分を過ぎると、まず従業員が出勤してくる。ほどなく、店内に運び込まれた荷物はハサミやカッターで包みがほどかれ、母の指示で納品伝票との照合が行われる。そこから開店の午後10時頃までにその日納品された書籍を陳列、ハタキかけ──、と通常はそんな感じだったのだけれど、『めばえ』や『小学一年生』『テレビランド』といった幼年誌が一斉発売される毎月一日は様相が一変する。そう、皆さんもご存じの通り、これらの雑誌には「付録」というものが存在しているのだ。
 日光写真、幻灯機、着せ替え人形、カード、トランプ、すごろく、ミニ冊子・・・・・・。ボール紙のケースやビニール袋に封入されたそれら紙細工の付録は、本誌とは別の荷物としてそれぞれが梱包されている。7大付録、10大付録と、一冊の雑誌につけられる付録の数は驚くほどに盛り沢山で、従業員はまずそれらを種類別に台に並べて行く。そして、やにわに本誌の中央部分を開き、そこへ次々と付録を挟み込んで行くのだ。言うまでもなく、付録を挟み終わった雑誌はまるでアメリカン・ホットドッグのように膨れあがり小口を大きく開くこととなる。仕上げに使われるのは輪ゴムかビニール紐。それらによって固く十字に結ばれ、ようやく一冊の幼年誌が完成するというわけだ。
 そういった雑誌が一度に一〇数種類発売されるのだから、その日の店内はさながらサヴァイヴァル・ゲームのフィールドのように騒然たるものになった。フロアには荷ほどきされた包み紙やビニール紐がブッシュのごとく溢れ、「付録の数が合わない」と言っては、別の雑誌に紛れ込んでいないかをチェックするといった具合に、任務の遂行には種々様々な神経戦が強いられた。もっとも子供にとってそれは絶好の遊び場だった。私も3つ下の弟とともに、かさばる包み紙のブッシュをかき分け、埃と紙くずの川を転がるように泳いだ。
 店は午前10時に開店し、午後10時に閉店する。休日は月に一回。個人商店といえど、その小さな書店は付近の住民の文化的な生活を少なからず補完し、知識や情報を獲得する場として機能していた。高円寺という場所柄、作家やミュージシャン、漫画家のお客さんも多かった。
 「どんなに時代が変わっても、本屋がなくなることはない。そういう意味では食いっぱぐれることのない、固い職業だよ」
 眼に見えて書籍の売上げが落ちてきた90年代初頭にも、父はそう言っていたものだ。
 皆さんもご存じの通り、今、東京で個人経営の新刊書店はほとんど存在していない。戦後すぐに父が興し、弟が後を継いだその小さな書店も数年前に店をたたむことになった。大手取次会社が売れ筋の書籍を大規模書店に優先的に配本し、個人商店を意図的に冷遇し続けたことは同種の店を経営していた者ならば皆知っている。そして、やってきたインターネットの時代。真偽や確度の優劣はあるものの、情報が無料で流通する時代となった。書店の代わりに金銭を得るようになったのは、通信会社やサイト運営会社ということになる。
 そのようにして、ある種の文化や情報を金銭によって獲得する場としての街の書店は、静かに失われていった。ひとつ、またひとつと、古顔の書店が消えていった。もちろん奮闘している店もある。ただ、高円寺駅周辺の新刊書店を例にとっても、個人商店で生き残っているのは1軒のみという惨憺たる状態だ。
 金銭の授受によって何かを取引するという行為が失われつつあるのは「情報」に限った話ではない。今や「企画」「デザイン」「音楽制作」「ライティング」「イヴェント」といったエンターテインメントに類する現場でも、無報酬、あるいは著しい低報酬が横行している。それらの成果物を受け取り、楽しみ、消費する側にも「無料」あるいは「低廉」であるのが当然という不可思議な意識が大手を振って蔓延している。何でもタダで手に入ってしまう時代、作り手に相応の対価が支払われない時代。それはこの先、変わって行くものなのだろうか。たとえば、昨今稼動を始めたコンテンツ販売型SNSというシステムが端緒となって、その流れに革命的な変化がもたらされることもあるのだろうか。果たして──。いや、やめておこう。そこから先のことを大層に語るつもりは私にはない。
 それでも、そういった販売型SNSに発表されたいくつかの文章を読んで私の頭に思い浮かんだのは、幼少の頃の朝のイメージだった。トラックの走行音が近づき、運転手が荷物を整理するドスン、ドスンという音が建物にこだまする、あのイメージだ。
 勝手口が開かれ、荷物が次々と薄暗い店内に運び込まれる。運び込まれた荷は書店員によってほどかれ、真新しい一冊がやがて店の棚に陳列されるだろう。売れ筋の作家や漫画家の新刊もあれば、目立たない地味な一冊もある。付録を満載した幼年誌もあれば、かさの薄い教養誌のようなものもある。ハタキがかけられ、入ってきた客は何とはなしに一冊の週刊誌を手に取る。
 何と言うことはない一日の始まり。真新しい朝のイメージを私はただそこに思い描いたのだ。

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